例えば『本を読むのはすごい!』みたいになってしまったのはいつからだろう…としんどい。
インプットのため、学習のため、ストレス解消のため、語彙を増やすため…みたいな効果があるらしい。
でもそれが…個人的にはすごく邪魔なのである。こういった ”本を読むことで得られるもの!” みたいなのがあるせいで ”エンタメとして読む ”という気軽さが減った。たかが読書で、すごく身構えて気合いが入ってしまう。

これは散歩のブログでも書いたけれど、娯楽や楽しみでやってることに対して “別の目的(副産物) ” を期待しすぎるのは良くない。
「よし、本読んで暇つぶししよ〜」と行動したのはいいものの
→どうやら副産物として、語彙力が増えるしリラックスもできるらしい
→この言葉なに?でもこれを覚えることが語彙力アップに繋がるのでは…
→全然リラックスできないし、覚えられない!
→読書失敗!
副産物を求めすぎると、こういう連鎖がある。

そもそも、目的は ”暇つぶし” としたらどんな不満があっても達成できている。けれど、副産物に目的がいきすぎて、読書失敗と判断してしまう。
本来なら、わからない言葉が出たらスルーしてもいい。調べてもいいし、そこは自由だ。なんせ目的は暇つぶしなんだから。
実際に本を読むと、ちゃんと語彙力がついたり新しい発見があったりする。
だからそれは副産物として享受してはいるんだけど、こう表立って言われると変に意識してしまう。
こういった… ”ルールではないけど、余計なお世話 ” というか “ 知らなくて良かった “ みたいな情報を入れるのは危険だなぁと思う。純粋なぼーっと過ごす時間が減ってしまう。
そして最近は「ぼーっとするとアイディアが閃きやすい」なんて言われることもある。そのせいで、ぼーっとすることにも価値(笑)を見出す流れもある。なんでもかんでも発信して、半強制的に受信してしまうのはなんとかならないかなぁと思う。窮屈。