この「正常」という曲を作ってたときに考えてたこと(8月22日ニコニコ動画で公開)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm46692439
音楽で未体験の感情を経験したい。
それはすごく尊い。はじめてメロコアを聴いたとき、はじめて前衛を聴いたとき、このふたつが人生での二大巨頭音楽感情。
こんなキャッチーで激しい音楽があるのかと驚いたのがメロコア。これは素直だ。
前衛のほうは問題だ。こんなに暗い部屋でひとり浸るのが似合う音楽があるのかと、完全に痛いシチュエーション。
残念ながらなのかもしれないけど、その前衛のほうに憧れてかっこよく思えた。
HIPHOPやファンク、オーケストラやロック、これらに浸ることはあっても、絵になりすぎてしまう感があり、わかりやすくかっこよすぎた。
ひとりで部屋で聴いてると、テンプレのようなかっこよさを身に付けてしまいあまり驚きがなかった。
もちろんどの音楽も良いというのはあえて言うまでもないかもしれないが、ぼくは驚きとかにときめきやすい体質のようです。
メロコアでの衝撃は人生一度きりだったんだろう。今聴いても、既知の感覚を超えない。繰り返すけど好きではある。大好きだ。
未知のものというのは、得体の知れないものとよく似ている。
何がどうなってるかわからず説明もできないけどなんか気持ちいい、そんなふんわりとしたものだ。
音楽ではそれが体験できて、最たるものが前衛音楽だった。耳はバグってるけど体は肯定してる、みたいな。
ただし、それを作ろうと思うと難しい。
構造がわかってる上で組み立ててしまうとそれは最初から未知ではないと思う。
こうしてこうして、と計算して作る音楽は、完成したときやセッション段階で未知ではない。構造がわかっているから。
もちろんその中で予想外の良さやバグが出ることはある。それはとても大切にしたい。
前衛で気持ちいい音楽とは何かと考えたときに、構造がわからないけどなぜか良くて肯定してしまう、みたいなことと答えたい。
それを自分で作るには、身体性に任せたり、バグやミスを採用したり、チャンスオペレーションを試みたり、そのあたりがおもしろそうだ。

続きはこちら(8月22日公開)
前衛とは(たぶんその2)